神戸地方裁判所 昭和33年(ヨ)366号 判決 1960年6月13日
債権者 川部重美
債務者 ナニワ工機株式会社
主文
本件申請を棄却する。
訴訟費用は債権者の負担とする。
事実
債権者訴訟代理人は「債務者は、債権者を債務者の従業員として取り扱い、かつ、債権者に対し昭和三十三年五月十日以降毎月十五日限り一ケ月金二万一千円の割合による賃金を仮に支払え。訴訟費用は債務者の負担とする。」との裁判を求め、その申請の理由として、
一、債務者は肩書地に本店、本工場、窓枠工場、テレビ工場を有し本従業員約四百名、臨時従業員約二百名、社外工約二百名を使用して車輛、窓枠製造、テレビキヤビネツト塗装の業務を行う株式会社であり、債権者は昭和三十二年三月四日債務者の臨時工として雇傭され、昭和三十三年五月現在同会社鉄工部品課部品第一係第一罫書組に所属し、債務者から毎月十五日金二万一千円の賃金の支給を受けて稼働していたものである。
二、ところが、債務者は債権者に対し昭和三十三年五月五日総務課長訴外田島学(以下田島総務課長と称する)を通じ口頭をもつて債権者の健康が業務に耐ええないものであることを理由として債権者を解雇する旨の意思表示をなしたので、債権者は債務者に対しその不当を抗議し、書面による右解雇理由の明示を要求すると共に、併せて右解雇の意思表示の撤回を要求し、なお合意により右解雇の意思表示の効力は同月十日から生ずることとして留保したところ、同月十日債務者は右解雇は左記三事由に基くものであることを説明した。
(一) 債権者は勤務成績不良にして技術向上の見込なく、就業規則第四十二条第二乃至四号(訴状に項とあるのは号の誤記と認める)等に該当する。
(二) 債権者は現住所届出の義務を怠り住所を詐称して通勤費を不正に受給したもので、就業規則第三七条等に違反する。
(三) 債権者は前科二犯を始め起訴猶予一件、処分留保一件の各犯罪事実があるにもかかわらず入社に際し履歴書に賞罰なしと明記し前科を秘匿して入社したもので、就業規則第七九条第六号第十一号(訴状に項とあるは号の誤りと認められる)等に該当する。
三、しかしながら、右解雇は次の諸理由により無効である。従つて、債権者は依然債務者の従業員たる地位を有するものである。
(一) 本件解雇はそれ自体不当労働行為に該当する。
(1) 債権者は昭和二十五年頃大阪市都島区所在の高瀬染工場に勤務し同職場組合の代議員となり、同組合の中心的存在として工場新聞「働く人々」を編集発行し、映画サークルを組織する等活溌な組合活動をなし、昭和二十八年七月寝屋川市の香里病院争議に際しては毎晩同病院に赴き同病院の患者と共に同訴外病院と闘い、患者側に全面的勝利をもたらす等の活動をなしていたものである。
(2) 昭和三十二年三月四日切断専門の臨時工として債務者に雇傭されるや鉄工部品課第二係プレス組に配置され、同月二十日その技能と真面目さを認められてシヤーリングのボーシンに起用されるに至つた。
(3) 同年五月二十一日早朝夜勤者を代表し同課訴外舛田課長に対し予め定められていた作業日程の変更を要求して交渉し、その結果債務者創立以来初めてといわれる右要求どおりの日程の変更がなされ、同朝その旨発表されたが、これがため、同年六月債権者は作業能率が悪いという理由で未経験のポンチシヤー工に配置転換され、更にその後二度にわたり配置転換をされた。
(4) ついで、同年末から昭和三十三年一月にわたり社外工組合の結成に努力し約十乃至三十名をもつてその組合である尼崎合同労働組合ナニワ分会の結成に成功し、同組合員中解雇された者に対する使用者の解雇を取消させ、又解雇を承認した者に対しては更に同人に対して有利な退職条件を取得させることをえた。
(5) その他、債権者は屡々ナニワ工機労働組合の事務室に出入りし、メーデー等にも先頭に立つて参加し、債務者会社内でビラを配布し、サークル活動を行い、又前記労働日程に対する意見の申出や残業強制に対する反対行動の如き所謂権利擁護闘争を日頃活溌に行う等中心となつて職場活動、組合活動を推進してきたものである。
(6) 一方、債務者は夙に組合活動をなす者を嫌忌し、常日頃からその思想並びに組合活動等動向を綿密に調査し、過去において多数の組合活動家を解雇し或は配置転換をなしているものであつて、このことは最近債務者において見られた次の各事例に徴しても明らかである。
(イ) 昭和二十八年組合の訴外稲毛書記長が過度に組合活動を行つたことにより仕上工からグラインダー工に配置転換された上間もなく解雇され、
(ロ) 昭和二十九年訴外沢井、同瀬川両名が組合執行部改選の際職場候補として立候補予定であつたところ、投票寸前に、右訴外沢井は熔接工から倉庫係に、訴外瀬川は旋盤工から窓枠課に各配置転換を受け、
(ハ) 昭和三十年春社外工組合の結成に努力した訴外丸島がその結成直後解雇され、
(ニ) 昭和三十一年職場代議員に二年連続当選した訴外柴田が当選直後解雇され、前年職場代議員として活躍し同三十一年組合執行委員に選出された訴外梶谷はポンチシヤーのボーシンから窓枠課に配置転換され、
(ホ) 昭和三十二年職場に研究会サークルを作るべく努力した訴外信田、同三津本(社外工)が解雇され、日本共産党尼崎市委員会常任委員で社外工組合結成の準備工作をなしていた訴外鈴木も同年末解雇されたが、右はいずれも仕事能率の不良、身体虚弱、他の職場を適当とする、或は仕事の不存在等の各理由によつて解雇又は配置転換をされているが、いずれもそれら各理由が存しないのみならず、いずれも熱心な組合活動或は職場民主化の運動に参加した人達であり、しかも、組合サークルの結成又は代議員に選出された各直前或は直後に各処分を受けているものである。
(7) 従つて、債務者としても、同会社内における債権者の前記各行動により債権者が組合活動をなす者であることを知らない筈はなく、前記の如く配置転換等によつて債権者に圧力を加えると共に、更に債権者の思想並びに過去の組合活動の実情を充分に調査し、右債権者の活動経歴等を探知し知悉した結果債権者を解雇することを企図し、前掲各解雇事由に名をかりて債権者を解雇するの挙に出たものであつて、このことは、債務者の主張する解雇事由が後記の如く存在しないこと、及び、解雇事由が度々変遷し、しかも極めて曖昧であることに徴しても明らかである。
(8) よつて、本件解雇の真意は債権者が労働組合の結成その他組合活動を活溌になしたことに基くものであり、これが決定的原因をなしている以上、本件解雇の意思表示は憲法第二十八条に違反し、労働組合法第七条第一項に該当する不当労働行為に基くものであつて無効というべきである。
(二) 本件解雇は債権者の信条を理由とするものであつて、憲法第十四条労働基準法第三条に違反し無効である。
一般に資本家が共産主義思想を抱く者を嫌悪することは公知の事実であるが、債務者も亦債権者等従業員を雇傭するに際しては債権者等から特に「現在共産主義者ではありません。」「今後御社に在職中は共産主義活動は一切いたしません。」という条項を含む誓約書をとる等共産主義思想を有する者は常に企業外に排斥しようとしているものであるところ、最近に至り調査の結果、債権者が前記の如く訴外高瀬染工場に勤務中組合活動に従事したため昭和二十五年十一月頃政令第三百二十五号による所謂レツドパージによつて同訴外工場を解雇され、昭和二十六年四月頃出勤途上の労働者に対し朝鮮侵略戦争に反対する旨のビラを配布したため進駐軍占領目的阻害を理由に軍事裁判に付せられ進駐軍占領政策違反の罪にとわれ、又所謂枚方事件に関与していたこと等を知り、これらの事実によれば、債権者は共産主義思想を抱いているものと信じ、債権者が同思想を有していることを理由に本件解雇に及んだものであるから、本件解雇は憲法第十四条、労働基準法第三条に照し無効である。
(三) 債務者の就業規則は従業員に対し周知の方法を講じていないものであるから、無効というべく、無効である就業規則の解雇条項に則つてなした本件解雇はその効力がない。
労働基準法第百六条によれば、使用者は就業規則を常時各作業場の見易い場所に掲示し又は備え付ける等の方法によつて各労働者に周知させなければならないことになつているにもかかわらず、債務者は前記就業規則の掲示、備え付け等その周知方法を行わず、僅かに、ナニワ工機労働組合事務所に存在していたにすぎないものであるから、同組合と関係のない臨時工に対しては到底周知せしめられていたものとはいい難く、勿論債権者は本件解雇の意思表示を受けるまで就業規則なるものが存在することは全く知らなかつたものである。従つて、かかる就業規則は無効であるから、同就業規則に基いてなされた解雇の意思表示は無効である。
(四) 本件解雇は信義則に反し無効である。
債権者が昭和三十二年三月四日債務者に雇傭された当時債務者における債権者の健康診断の結果は要注意であり、「健康に留意し残業等はあまりやらぬように」ということであつたが、爾来債務者は労働基準法、安全衛生規則で定められた定期健康診断をも実施せず、配置転換や残業を強要し過激な業務に就業せしめたため、債権者は本件解雇の意思表示を受けた当時には右肺炎鎖部に生じた浸潤巣が拡大し加療せざるをえない状態となつていたものであるところ、債務者は債権者が右業務上疾病を被つていることを知りながら債権者に対し本件解雇の意思表示をなしたものであるから、右は信義則に反し無効である。
(五) 左記各事由に照し本件解雇は解雇権の濫用であるから解雇の効力はない。
(1) 債務者が解雇理由として主張し説明する(一)、(二)の事実はいずれも存在せず、従つて、本件解雇は正当の事由なくなされたものである。
(イ) 債権者が従事した作業はいずれも特殊な技術を要するものではなく、未経験者でもシヤーリングの場合は一、二ケ月、ポンチシヤーの場合は十日、グラインダーの場合は一日程度従事することによつて一般普通程度の仕事ができるものであるから、五体の満足な通常人であれば誰でも真面目に仕事に従事する限りできないものではなく、本質的能力の欠如というが如きことは考えられない性質のものである。のみならず、債権者は極めて優れた技能の持主であり、債権者の属するグループ全体の仕事量が低下したとしても、債権者個人に技能向上の見込がないということはありえない。
(ロ) 債権者は入社に際し債務者に住所を大阪市南生野町二丁目五十五番地と届出、本件解雇の意思表示を受けた当時まで引続き生活の本拠地である同所に居住していたものであるから、住所の届出義務を怠り住所を詐称して通勤費を不正に受給したということはない。
(2) 仮に、右(1)(ロ)に関する債権者の主張が認められないとしても住所詐称通勤費不正受給の事実は就業規則第七十八条第一号又は第七十九条(左の各号に該当するときは懲戒解雇に処する。但し、情状によつて出勤停止(事故欠勤扱)又は減給に止めることがある。)第六号(不正不義の行為をし又は刑事訴追を受けて従業員としての体面を汚したとき。)に該当することはあつても、同第四十二条第七号に該当するものではない。
右第七十八条第一号によれば懲戒処分として減給又は譴責に、右第七十九条第六号によると懲戒解雇、出勤停止、又は減給の各処分に処せられることになつているが、その金額は僅少であり懲戒解雇は明らかに不当であるから、同解雇を除く減給又は譴責に留められるべきであるにもかかわらず、これら規定を準用せず、右第四十二条第七号外を適用することは不当である。
(3)(イ) 前科秘匿の事実について、債務者は答弁書において解雇事由の事情として述べた旨陳述して先行自白し、債権者はこれを認めたものであるから、爾後債務者は右主張を撤回し右事実を解雇事由として主張しえないものというべきである。
(ロ) 右理由がないとしても、債務者は右前科秘匿の事実をもつて債権者を企業外に排除しなければならないものとは考えていなかつたものであるから、これを主たる一理由として解雇することは不当である。
(ハ) 右前科秘匿の事実は就業規則第七十九条第十一号(重要な経歴を詐つてその他不正な方法を用いて雇入れられたとき。)の懲戒処分に付すべき場合に該当するから、就業規則第八十条に則り賞罰委員会の議を経て処分されるべきものというべく、これら規定を適用せず、本人の利益の為と称して企業から排除するいわば実質的により過重な通常(予告)解雇をなすことは、右懲戒処分に処すると同様の規定に該当し、かつ、その手続を経た場合を除き、できないものというべきである。然るに、債務者は右手続等を経ないで債権者を通常解雇をしたことは失当である。
(ニ) 債権者は昭和二十七年頃建造物侵入傷害罪により懲役六月に処せられた外占領目的阻害行為により裁判を受けたことはあるが、後者は債権者が債務者に雇傭された当時既に免訴になつていたものであり、しかも以上の前科は労働力の評価を誤らせるが如き性質のものではないから、右前科秘匿を理由に解雇することは不当である。
以上の各事由によれば、本件解雇は権利の濫用であつて解雇の効力はない。
四、従つて債権者はなお債務者の従業員たる地位を有し、債務者に対し賃金請求権を有するものであるから、近く解雇無効確認賃金請求訴訟を提起せんと準備中であるが、債権者は債務者より得る賃金を唯一の収入としてその生計を維持しており、右賃金の支払をうけなければ現在の生活に危険を生じ、右本案判決の確定をまつていては回復することのできない損害を蒙る虞があるから、債務者は債権者をその従業員として取り扱い、かつ、債権者に対し昭和三十二年五月十日以降毎月十五日に平均賃金額である金二万一千円(時季により仕事の繁閑の差が著しいため解雇の意思表示のなされた当時と同一時季である昭和三十二年五乃至七月分賃金の平均額)の割合による賃金の仮の支払を命ずる仮処分を求める、と陳述し、
債務者の主張事実に対する答弁として、
債務者主張事実中、債権者が大阪文学学校に通学していたこと、債権者が主張の如き負傷を受けたとして療養休業補償費請求手続をしたこと、労働基準監督署より主張の如き通知のあつたこと、債務者に主張の如き車輛産業労働組合に加盟する労働組合があり、主張の如く本従業員は同組合に加入しているが、臨時従業員約二百名は加入していないこと、債務者において従業している社外工約二百名の内約三十名が主張の労働組合に加入し主張の支部を設けていること、債務者が主張の頃設立され主張の資本額であることは各これを認めるが、債務者に主張の如き本従業員登用基準内規並びに通勤費支給に関する取扱規定の存すること、臨時従業員の大部分は一定期間経過後勤務評定の結果に基いて本従業員となること、債権者が昭和三十三年五月本従業員として採否の詮衡を受ける有資格者となるので同年四月総務課長から鉄工部品課長、工場長に意見を徴しこれに対し主張の如き回答のあつたこと、債務者が債権者の公傷見舞のため債権者方に人を派遣したこと、債務者が車輛経営者連盟に加入していること、債務者に主張の如き貯蓄組合が存し主張の如き利息の支払をしていることはいずれも不知、その余の事実はこれを争う、なお、就業規則の解雇条項の適用につき、臨時従業員に対しては本従業員に対するのと異り緩やかに適用すべきであるということはありえない、と述べた。(疎明省略)
債務者訴訟代理人は「本件申請を却下する。申請費用は債権者の負担とする。」との裁判を求め、答弁として、
一、債権者主張の一、の事実中賃金額を除く事実、二、の事実中債務者が昭和三十三年五月五日田島総務課長を通じて口頭をもつて債権者に対し解雇の意思表示をなし債権者と合意の上同解雇の効力は同月十日から生ずることとして留保したこと、右解雇は債権者主張の如き三理由に基くもので債務者は債権者に対し主張の頃その理由を説明したこと、三、(一)、(二)の事実中昭和三十二年三月四日債務者が債権者を臨時工として雇傭し当初切断専門工として配置したこと、同月二十日シヤーボーシンに起用したこと、三、(一)、(3)の事実中同年五月二十一日作業日程を変更したこと、二度配置転換をしたこと、三、(一)、(6)の事実中訴外沢井嘉治、同瀬川忠雄を配置転換したこと、訴外信田政輔を臨時工として五ケ月余雇傭していたこと及び同訴外人を解雇したこと、訴外稲毛書記長、同柴田練一、同梶谷国治を各雇傭していたこと、訴外丸島、同三津本、同鈴木と各称するものが債務者において働いていたこと、三、(二)の事実中雇傭に際し主張の如き誓約書を徴していること、三、(五)の事実中債務者の就業規則が主張の如く規定されていることはいずれもこれを認めるが、三、(一)、(6)の事実中訴外丸島が主張の頃解雇されたことは不知、その余の事実は次の如くこれを争う。
二、債務者は昭和三十二年四月債権者を切断専門の臨時工として雇傭し、昭和三十三年五月当時は日額金四百六十円、規律給(早退せず定時まで働いた者に対し支給する給与)日額金十円、給食補助給日額金十六円合計金四百八十六円、月額はその二十五日分である金一万二千百五十円の割合による賃金を支払つていたものである。
三、債権者を解雇するに至つた経過。
(一)(1) 債務者は債権者をシヤーボーシンとする目的で採用し、その直後従来シヤーボーシンであつた訴外川端喜一が部品第二係付に転出したのでその後に債権者を起用した。
然して、シヤーボーシンとしては、(イ)材料、材質、厚さ等を見分け、切断に際し残材を使用することの損得、大きな板で切ることの得失、並びに熔接個所を各検討して板取りをすること。(ロ)注文指図を整理し罫書をなし或は当りをつけ、同種のものを同時に切断しうる方法等を採ること。(ハ)厚板、硬手の材料の切断については上刃の勾配により切断方法を勘案すること。(ニ)切断後の連絡整理等をなすこと、を内容とする仕事の処理を要求せられるものであつて、(イ)については材料に対する知識及び幾何学的知識を、(ロ)については製図の知識を各要し、(ニ)については人柄素養の如何にかかわるべきもので、いずれも職場運営に関する高度の頭脳の働きを要するものであるところ、その実務においては期待に反し、債権者が切断したものには不正確なものが多く、作業量は他のシヤー工の約半分位しかあげえず、又流れ作業における横の連絡を始め諸般の連絡悪く、機械の故障は総べて所属課長に報告すべきことになつているにもかかわらず故意にこれを怠り夜間二時間余もこれを放置し長時間に亘り作業が停滞する等作業能率が低下しその上債権者は文学を愛好し訴外小野十郎はじめ阪神在住の作家詩人が講師となつて詩人小説家を養成する大阪文学学校に通学して文芸方面に専念し職人としての素質を欠いているため、訴外梶原清一組長、同川端喜一係付の要請により鉄工部品課長訴外舛田繁一(以下舛田課長と称する)は昭和三十二年六月債権者を比較的簡単にしてかつ単独で作業のできるポンチシヤーに配置転換した。
同所の仕事は一定の種板を模範として鉄板に孔をあけ打抜くという十日もすれば慣れる単純な仕事で、かつ、同職場には二十才前後の人が多かつたため三十才を超えた債権者がそのリーダー格として業務に従事してくれることを期待し右訴外梶原組長同川端係付等が当該仕事を指導したが、金型の使い分けができず上歯と下歯の取り付け方法が悪く金型を毀したこともあり、同僚との折合悪く指導者の注意にも黙して答えぬ有様でまたも作業能率低下し非難の声が出たため、右訴外舛田課長は同年八月作業内容の最も単純な部品第一係罫書第一組グラインダーに応援に出し、右プレス組からは原職場への復帰を拒絶され同年九月右グラインダーに移籍されるに至つた。
同所の仕事は素人でも当日から作業に従事できる性質のものであつて、しかも、債権者はグラインダー工としては精度の低い仕事に従事していたが、仕事は遅く所定の時間内に定められた仕事は遂行できず、かつ、仕損じ等が多く作業能率が上らないのみならず故なく残業を拒否する等非協調的態度を示すに至つた。
かくの如く訴外舛田課長は極力債権者に適合した仕事に従事せしめるべく課内における債権者に対する非難を斥け債権者を庇護し同課長の責任と専権に基き鉄工部品課内においてその部署を変更し、訴外川端係付、同梶原組長と共に指導忠告をなしたにもかかわらず作業能率は振わず依然技術向上の見込は全くなかつた。
(2) ところで、債務者には本従業員登用基準内規があり、これによると新規採用者は見習期間として定期採用者中大学卒業者は六月、高校卒業者は九月、中学卒業者は一年三月、不定期採用者中熟練工は一年、素人工男は一年六月、素人工女は二年、特別作業者は二年六月と定められ、この見習期間を経過した者について適性を審査し、同期間中の勤務評定の結果に基いて本従業員に採用するか否かを決すること及びその採否は毎年一、五、九月に各行うことになつている。
然して、債務者が右の如く見習期間を設けた所以は、新規採用者をしてその期間中現実に稼動せしめ正規の従業員としての能力乃至人格の適否を実質的に審査し同従業員としての採否を決するためのものであるから、その見習期間中における従業員に対しては相当大巾な解雇権が留保されているものというべく就業規則の解雇条項の適用についても本従業員に対すると異り相当程度緩やかに解釈適用するべきものと解すべきであり、かつ、不適格者は従来の慣行として解雇することになつているものである。
そして、債権者は右不定期採用者中熟練工として採用されているものであるから、昭和三十三年五月には前記内規により本従業員としての採否につき詮衡を受ける有資格者となるものである。従つて債務者では同年四月所管工場長に対し債権者につきその意見を徴したところ、鉄工部品課長並びに工場長より前記の如き各事由により技能向上の見込がなく本従業員としての採用は否、転職(退職)が債権者並びに債務者のためにも有利とする旨の回答があつた。
(二) 債務者は同会社通勤費支給に関する取扱規定に基き従業員に対し通勤費を支給しているものであるが、債権者は前記雇傭当時現住所を大阪市生野区南生野町二丁目五十五番地とし通勤区間東海道線立花駅、城東線寺田町駅間として通勤定期乗車券代金一ケ月金七百五十円と届出、その支給を要求したので爾来債権者に対して同額の金銭の支払をなしてきたところ、債権者は昭和三十三年二月作業中ワイヤーロープが大腿部にあたり負傷したという理由で同月二十四日から同年三月八日まで欠勤し、業務上の疾病として療養休業補償費請求の手続をした。そこで、債務者は債権者の生活を案じ当時債務者の守衛をして債権者の同年二月分の給料を持参の上債権者方を訪問せしめる等二、三回前記債権者方を訪ねさせたところ、いずれも不在であつたため不審を抱き調査した結果、債権者は昭和三十二年四月乃至夏頃から大阪市城東区西鴨野町三の百十柳田勝一方に転居している事実及び併せて債権者に傷害の前科のある事実を知つた。そして、同所によれば通勤区間はその最寄駅である城東線京橋駅までにして定期乗車券代金は一ケ月金六百四十円となるにもかかわらず殊更右住所変更の届出を怠り右転居後も毎月金七百五十円の交通費を受領し一ケ月金百十円の割合による差額金を不当に詐取していた事実が判明した。(なお、右疾病は瘍であり業務上の疾病と認められない旨尼崎労働基準監督署より昭和三十三年四月二十二日付をもつて通知があつた。)
(三) 債権者は前科数犯を有するにもかかわらずその雇傭に際しては履歴書に賞罰なしと記載してこれを秘匿し、経歴を詐称し債務者を欺いて雇傭されたものであることが判明した。
(四) 然して前記三、(一)の事実は債務者の臨時従業員就業規則第十一条、本従業員就業規則第四十二条第二、三号に、同(二)の事実は臨時従業員就業規則第十一条、第一条第一項後段、本従業員就業規則第四十二条第七号、誓約書第一、三項(なお、本従業員就業規則第七十九条第六号参照)に、同(三)の事実は臨時従業員就業規則第十一条、本従業員就業規則第三十五条第一号、第三十七条第六号、第四十二条第七号、誓約書第一項(なお、本従業員就業規則第七十九条第十一号参照)に各該当し、これら事実によれば債権者は債務者との信頼関係を破壊するものであつて債務者としては債権者と雇傭関係を継続することは不適当で、勿論本従業員としても不適当であるから、債権者を右各条項に従つて通常(予告)解雇することとし、昭和三十三年五月五日債務者は債権者に対し訴外田島総務課長を通じ口頭をもつて解雇の意思表示をなし、解雇理由として同(一)、(二)に基くものであること及び事情として同(三)の事実の存在を説明し、なお、債権者との合意により同解雇の意思表示の効力は同月十日から生ずることとし、更に同日債務者は債権者に対し同(三)の事由をも併せて解雇理由とする旨通知すると共に、これら解雇理由の説明をなしたものである。
四、しかして、本件解雇は有効であつて債権者の主張は以下述べるとおり総べて理由がない。
(一) 債権者主張三、(一)(不当労働行為)について。
(1) 債務者は、債権者が債務者に入社前活溌な労働運動を続けていたということは、本件解雇の意思表示をなすまで全く知らなかつた。
(2) 昭和三十二年五月二十一日の作業日程の変更は債権者が主張するような債権者の要求によつてなされたものではない。債務者設立十周年記念日にあたる同月二十二日の午後は有給休業となるが、従業員が全員その祝賀会、慰安会等に参加するためには同月二十一日の夜勤者につき、(イ)同勤務の中止(ロ)又は、同月二十二日の昼勤に変更(ハ)或は、同夜勤に引続き同月二十二日の昼勤を勤務するかのいずれかによらなければならないため予め訴外舛田課長から右夜勤者に対しそのいずれによるかにつき意向を質し、かつ、その申出を求めていたところ、同月二十一日朝右夜勤者約七名殆んど全員で右(ハ)の方法による勤務を希望する旨右訴外舛田課長の許に申出たため、同課長は責任をもつてその旨取計らいを約し、その旨変更することとし、同朝火曜常会において同課長から課内全員にその旨変更することを告知したにすぎないものである。
(3) 債権者が社外工組合の結成活動その他組合活動をした形跡は全くない。債務者には昭和二十五年四月結成された車輛産業労働組合に加盟するナニワ工機労働組合があり、本従業員四百六名中債務者との協定に基く非組合員四十九名を除く三百五十七名全員が同組合に加入しており、臨時従業員は本従業員となつて始めて右組合員たる資格を取得するものであるから、臨時従業員である債権者が右組合の組合活動をすることはありえず、又債務者の下請業者である平和、協立、大栄各株式会社の従業員で現在債務者会社内で従業している社外工約二百名中約三十名が社外工の解雇に対処するため尼崎合同労働組合に加入しナニワ工機支部を設け当該支部長も現に債務者に勤務しているが、債権者は右設立に関与し、又当該組合に加入し、或は同組合の活動をしているものではなく、勿論債務者は債権者が同組合に関係のあること等は全く聞いたことはない。
(4) 一方債務者は昭和二十二年五月資本金五百万円をもつて設立された会社で車輛経営者連盟に加入しており、右労働組合の組合員である従業員の労働条件は同業他社と同一であるにもかかわらず、(但し、他社の実労働七時間に対し債務者では同七時間四十五分のため超過時間相応分の賃金の支払をしている)最近漸く待遇の改善された課長級を除き役員部長等の待遇は依然他者より劣り、又全従業員をもつて双葉会と称する貯蓄組合をつくり預り金約千五百万円に対し年一割二分の高利率による利息の支払をなしている実情であり、右組合との間は至極円満であるから、債務者が組合活動を圧迫するということは全く考えられない。
(5) なお、債権者が申立の理由三、(一)、(6)において主張する訴外稲毛書記長(同(イ))は商売を自営するため依願退職をしたものであり、訴外沢井嘉治(同(ロ))は不具者で熔接工として技倆上達の見込がないため事務を伴う倉庫係に転用し、訴外瀬川忠雄(同(ロ))は車輛用窓枠工場新設に伴い新に配置転換をなしたもので、なお、同訴外人は現在も労働組合の役員をなしており、訴外柴田練一(同(ニ))は健康上の事由により依願退職し、訴外梶谷国治(同(ニ))は窓枠工場増員の必要上配置転換をし、訴外信田政輔(同(ホ))は粗暴な態度振舞多く従業員慰安会において訴外岡野竜郎の顔面に全治二週間の傷害を与える等の暴行々為があつたため解雇をなしたものであり、以上いずれも債権者の主張するような組合活動とは何等関係なく、訴外丸島(同(ハ))は債務者の下請業者である訴外大栄工業株式会社の、訴外三津本(同(ホ))は同訴外協立工業株式会社の、訴外鈴木(同(ホ))は同長谷川車輛株式会社の各従業員で、いずれも債務者の従業員ではないから、債務者が解雇するということはありえない。
(6) 本件解雇前債務者が債権者の組合活動歴、思想等を殊更に調査し調査させたようなことはない。前記三、(二)記載の如く債務者の従業員が債権者方を訪ねた際偶々現住所及び前科の存在につき疑を抱き、かかる事実は雇傭主として放置しておくべき性質のものではなく、又債権者に関する重大な事柄であるから、その名誉を傷つけないようにこれらの事柄について探偵社をして調査せしめたにすぎないのである。
従つて、本件解雇が不当労働行為であるという債権者の主張は失当である。
(二) 債権者主張三、(二)(憲法第十四条、労働基準法第三条違反)について。
債務者は雇傭契約前に労働者が共産主義者であるか否かにつき調査をなし、又主張の如き誓約書を徴することはない。同誓約書は雇傭契約後にこれを徴するもので、同書面中「共産主義者であります」又は「ありません」の内、敢てそのいずれかを抹消しなければならないものではなく、両者をその侭存置しておくも差支えなく、仮に雇傭後共産主義者である旨記載をしても当該理由によつて労働者を解雇することのできないことは明白であり、なお、同書面様式は共産主義者の破壊活動の激しかつた当時印刷したものの残部を使用していたもので今日においては不用の文言である。債務者会社内には共産主義的思想を抱いている従業員も相当多数在籍しているが、同思想の故をもつて他の従業員と差別し、又不利益な取扱をなしていることはなく、勿論本件解雇は債権者の信条を理由としてなしたものではない。
(三) 債権者主張三、(三)、(就業規則の周知義務違反)について。
債務者の本従業員就業規則、臨時従業員就業規則はいずれも臨時工も常時出入をしている労働組合事務所並びに各現場に配布備え付けをなし、更に債権者に対してはその雇傭の際就業規則の印刷物を交付しているので、周知義務は充分尽くされているものというべきである。仮に、右周知方法を欠いていたとしても、債務者は右各就業規則の作成について昭和三十一年八月十五日から同年九月十五日までの間に債務者における労働者の過半数で組織するナニワ工機労働組合の意見を聴き作成届出をなしているので、その効力を否定することはできないものというべく、更に臨時従業員就業規則の効力がないとしても、この場合には本従業員就業規則の効力が及ぶものであるから同就業規則に基いてなされた本件解雇の意思表示が無効であるということはできない。
(四) 債権者主張三、(四)、(信義則違反)について。
本件解雇当時債権者は健康で毎日出勤々務していたものである。
(五) 債権者主張三、(五)、(解雇権の濫用)について。
各解雇理由事実の存在並びにこれら事実がそれぞれ就業規則の前記各条項に該当するものであることはいずれも前記の如くである。債権者は住所詐称通勤費不正受給、前科秘匿につき、いずれも就業規則の擬律の誤を主張するが、同第七十九条の場合は原則として懲戒解雇に処すべき旨が定められており、懲戒処分は使用者が経営秩序を維持するため労働者の秩序違反に対する制裁として一定の不利益を課し兼ねて他戒の目的を遂げようとするものであるから、債権者において敢て不利益処分にしなければならないという主張は失当であると共に、債務者がかかる酷な処分に付しないで通常解雇をなしたことは、懲戒解雇に付しない限り解雇できないという制限も存在しない本件においては妥当というべく、又解雇に正当の理由を必要とする法律上の根拠も存せず、その他解雇権の濫用となるべき事実は何等存在しない。
よつて、債務者のなした本件解雇は何等不当なものではないから、債権者の本件仮処分の申請は失当である、と述べた。(疎明省略)
理由
一、債務者は肩書地に本店、本工場、窓枠工場、テレビ工場を有し、本従業員約四百名、臨時従業員約二百名、社外工約二百名を使用して車輛、窓枠製造、テレビキヤビネツト塗装の業務を行う株式会社であり、債権者は昭和三十二年三月四日債務者の臨時工として雇傭され昭和三十三年五月現在鉄工部品課第一係第一罫書組に所属していたこと、債務者が昭和三十三年五月五日訴外田島総務課長を通じて口頭をもつて債権者に対し解雇の意思表示をなし、かつ、債権者と合意の上同解雇の効力は同月十日から生ずることとして留保したこと、及び債務者が債権者に対し同月十日右解雇の理由は債権者主張の如き三理由に基くものであると説明したことはいずれも当事者間に争がない。
二、債権者は右解雇は無効であると争うので、債権者を解雇するに至つた経緯について考えてみるに、
(一) 成立に争のない疎乙第二十五号証の一乃至十六、及び検乙第一乃至八号証、証人舛田繁一(第一、二回)、同不破喜代一、同川端喜一、同梶原清一、同小平芳雄、同田島学の各証言、債権者本人の供述(同供述中後記措信しない部分を除く)、証人田島学の証言により真正に成立したと認める疎乙第一、三号証、同舛田繁一(第一回)の証言により真正に成立したと認める疎乙第二号証、同梶原清一の証言により真正に成立したと認める疎乙第四号証、同川端喜一の証言により真正に成立したと認める疎乙第五号証、同不破喜代一の証言により真正に成立したと認める疎乙第六号証、同小平芳雄の証言により真正に成立したと認める疎乙第八号証を綜合すると、
(1) 債務者が昭和三十二年三月頃実施した臨時工の採用試験に際し債権者は、訴外舛田課長のシヤーを行うについて正確度の出し方、刃物の取り付け方、機械の操作、趣味、健康等に関する質問に対しはきはきした態度で応答し、シヤーの経験は四年位あるということであり、かつ、実地試験の結果も一応良いということであつたため、同課長は債権者の採用を具申し、その結果同月四日債権者は債務者の臨時工として採用され、鉄工部品課部品第二係プレス組シヤー工として真面目に仕事に従事した。(同日臨時工として採用され当初切断専門工として配置されたことは当事者間に争のないところである。)
(2) 当時シヤーグループには三十三、四才であつた債権者を除きいずれも二十三、四才から二十八、九才までの経験の少い人達合計六名が配置され、昼勤夜勤各三名宛勤務することになつており、昼勤は午前八時から午後四時三十分までの定時間勤務に二時間勤務の残業を加えて午後六時四十分に終了し、夜勤は午後六時三十分から翌朝六時まで勤務すること及び昼、夜勤の各グループの内そのリーダー格となつて仕事をするシヤー工をシヤーボーシンと称していたものであるところ、同月二十日頃当時シヤーボーシンの一人であつた訴外川端喜一が部品第二係付に転出したので、右訴外舛田課長は債権者がシヤーグループのリーダー格となつて仕事をしてくれることを望み債権者をシヤーボーシンに抜擢した。(同日債権者がシヤーボーシンに起用されたことは当事者間に争がない)
然して、シヤー工は四、五粍以下の鉄板の切断に従事し、シヤーボーシンはシヤー工のリーダー格として他職場との連絡を始め組長の指図に従い送付されて来た切断表(又は切板表)の記載を黒板に記載し同表略図によつて材料材質を見分け必要材料を受取り、これに罫書して段取を指示し、自ら切断してシヤー工を指導し、切断後同製品の大きさ厚みを点検の上次の工程にかけるため運搬工にその運搬を指示しこれを引渡す等の職務に従事するものであり、かつ、昼勤のボーシンは残業をして午後六時三十分から就業する夜勤者に対して作業の引継をなし、夜勤のボーシンは申送り事項をメモしこれを組長の机上に置いて昼勤者へ作業の引継をなすことになつているものであるところ、債権者がシヤーボーシンに就任してから債権者の仕事の結果は不揃のものが多い反面、他人が切断した製品にその誤差許容量の範囲内である〇・五粍の誤差のあることを理由としてこれを廃材として処理したこともあり、共に勤務する他の若いシヤー工より仕事が遅く又できないにもかかわらずボーシンとして知らないことをも知悉したような振舞をするので、他のシヤー工は債権者との作業を嫌い不平不満を抱くようになり、同人等との折合も悪くなり所轄課長、係長から指示要求される切断表所定の仕事量は達成しえず、又次期工程の職場運搬工等との連絡が悪いために切断工程を終えた製品がシヤーの職場の四囲に堆積しシヤーは勿論製品の次期工程を担当する部門にも迷惑を及ぼす等作業が渋滞してきたので、右訴外舛田課長等は債権者に注意を促したが、これに対して債権者は何等の返答をもせず仕事は益々渋滞する一方で能率は上らなかつた。
そこで、訴外川端係付、同梶原組長は訴外舛田課長に対し再三債権者の配置転換を要求するまでに至つていたところ、債権者が夜勤に従事中である同年六月中旬頃の午後十一時頃その担当するシヤーの楔案内金締付ボルトが緩みそれが衝撃を受けて折損し故障した。当時申送り事項として夜間機械の故障等の場合には機械に詳しい訴外舛田課長が債務者構内の社宅に居住している関係上直ちに同課長に報告すべきこととなつていたものであるが、債権者は自らその修理ができるものと考えその報告を拒否し、自らシヤーリングのギヤカバーをはずしたが、右故障は右ボルト四本が折損していたものであるから、その修理にはボルトの折込部分の除去と同所に使用できるボルトを求めることであり、後者のボルトは債務者の修理専門の仕上げ職場に存するのみで、かつ、夜間においては特に同現場の内情を知つている者でない限りこれを見出すことは困難な状況に在り、従つて尚更債権者の右訴外舛田課長への迅速な報告が要求されていたものであるところ、債権者は右報告をしないので、シヤー工の訴外橋本、ブレーキプレスに勤務する訴外小平芳雄等が訴外富田を通じて翌朝午前二時頃同訴外舛田課長に連絡した。そして同時刻頃同訴外課長が現場に到着した際債権者はギヤカバーをはずし楔案内金上右隅金、楔案内金溝蓋、楔押込バネ等がはずれ又は落ちた侭の状態で機械のVベルトプーリーの附近に黙つて俯向いて立つており、右訴外課長の質問にも答えない有様であつたが、同訴外課長の指図によつて同朝午前四時頃修理が完成した。しかし、右迅速な報告をなさなかつたため長時間にわたり作業が停滞した。
(3) そこで訴外舛田課長は同年六月頃債権者を、より仕事の容易なポンチシヤーに配置転換した。同所では原図によつて罫書された種板を基本として各種金型を使用して鉄板を打抜く作業を行うもので、一人で作業をする時間が比較的長く、一般に一週間から十日位見習作業に従事すれば一応の仕事ができるという比較的簡単な仕事であつたため能率の向上を期待し、かつ、当時同所の従業員は十七、八才から二十三、四才までの素人ばかりであつたので、最年長者である債権者を同所のボーシンに充て、訴外梶原組長がその指導をした。
ところが、金型の取り付けが不完全なため歯を折損し、又精度の限界が理解できない故か格別怠けているものとも認められないのに作業が遅く予定量の約半分位しか完遂しえず関連職場への連絡も悪く、同僚は債権者と組んで作業することを嫌い、作業が停滞してくるので、訴外川端係付等は同所に助勢を出し、又残業時間を延長せしめ或いはガスで所定部分の切断を行う等の方法によつて作業を進捗せしめて所定の作業量を保持していた。
(4) 同年八月末頃訴外舛田課長は、債権者はボンチシヤー工として見込がないものと認めて、同係における二交替制勤務の中止を機に債権者外二名を部品第一係罫書第一組(債権者の主張する第一罫書組のこと)のグラインダー係に応援に出した。グラインダーの仕事は手持ちエアグラインダーを使用しガスで切断された切断面を始めその他の切断面、曲げ加工にできた凹凸等を削る作業で通常素人でも機械の操作さえ覚えれば直ちに作業に従事しうる内容の仕事で、同所では五、六名乃至十名位の者が作業に従事していた。同係長訴外不破喜代一は債権者には所謂精度の低い仕事を与えていたところ、一般のグラインダー工が十分間位で完成するところを十三、四分間を要し矢張り仕事が遅く、能率が極めて悪るく、同年九月頃には残業を拒否するに至つた。
ところで、債務者と同会社の過半数の従業員で組織するナニワ工機労働組合との間には時間外労働に関する協定がなされ、これを労働基準監督署長に届出てあるので、債務者は、債権者に対しても当該協定で定めるところに従つて労働時間を延長し残業就労せしめうることになつているにもかかわらず残業を拒否し訴外不破係長の業務命令にも応じなかつた。そこで同係長は訴外舛田課長に対し債権者を部品第二係に復帰せしめ同所で就労せしめるよう善処方を要望し、同訴外舛田課長において債権者に残業就労すべき旨要求したところ他の従業員が一週間残業しているところを三日位従事するようになつた。
(5) ところが、部品第二係でも債権者の引取を拒んだため結局同年十月二十一日正式に部品第一係罫書第一組グラインダー掛に移籍され、同係長、組長の再三にわたる注意にもかかわらず仕事は遅く本来職人としての素質を有しないのか全く技能向上の見込はなかつた。(内二度配置転換のなされたことは当事者間に争がない)
ことを各認めることができ、成立に争のない疎甲第十号証、証人竹田岩夫、同岡良和の証言並びに債権者本人の供述中叙上認定に反する部分は前掲各証拠に照らして遽に措信し難く、なお、証人森田秀治の証言は仕事の性質標準を異にする本件においては必ずしも前記認定に反するものではなく、その他右認定事実を覆すにたる疎明は存在しない。
(二) 一方債権者は昭和三十三年二月作業中ワイヤーロープが大腿部に当つて負傷したという理由で療養休業補償費請求の手続をなしたことは当事者間に争がなく、
成立に争のない疎乙第十乃至第十二号証、第十四号証、第二十六号証、証人今井侃之、同山田律男、同田島学の各証言(証人田島学の証言中後記措信しない部分を除く)証人今井侃之の証言によつて真正に成立したと認める疎乙第十五号証、証人山田律男の証言によつて真正に成立したと認める疎乙第十六号証、証人田島学の証言によつて真正に成立したと認めて差支えない疎乙第十七号証を綜合すると、
債権者は右負傷の理由によつて同年三月八日頃まで欠勤したため、訴外田島総務課長は右同年三月八日守衛訴外今井侃之をして同年二月分の給料を持参の上公傷見舞を兼ねて治癒状態調査のため届出の住所である大阪市生野区南生野町二丁目五十五番地を訪問せしめた。
然して債務者は人事管理上従業員をして履歴書に併せて住所とその略図を記載した身上調書を提出せしめ、かつ、その移動があつたときは改めて身上調書を提出しなければならないことになつているものである。(債権者が雇傭に際し住所を右場所と届出たことは当事者間に争がない)ところが、右訪問の結果債権者は外出中とのことであり、債務者としては果して債権者が同所に居住しているか否かについて疑を抱いたため、同月十日守衛訴外山田律男をして債権者が右同所に居住するか否かの調査をせしめたところ、同訴外人は所謂聞込み等の調査の方法により調査の結果債権者は当時右場所に居住していないものと判断し、なお、右調査の際に債権者には前科があることを聞き込みこれらの事実を債務者に報告をした。
ところで、債権者が債務者に提出した債権者の履歴書賞罰欄には「賞罰なし」と記載しているため、訴外田島総務課長は人事管理上右各事項を明らかにすることが必要と考え、なお、右は債権者の名誉に関する重大な事項であるから極秘裡に調査することを適当とし、その頃訴外帝国秘密探偵社神戸支社に右各事項の調査を依頼したところ、同年四月二十三日頃同訴外会社より債権者の現住所は大阪市城東区西鴨野町三の百十柳田勝一方であること及び債権者には昭和二十七年六月二十日傷害罪で懲役六月に、昭和二十六年五月四日連合軍覚書に違反する罪で懲役一年の各裁判を受け前科二犯であることの外起訴猶予一件処分留保一件の各犯罪事実がある旨の報告があつた。
然して、債務者は交通費(通勤費)支給に関する取扱内規に基き従業員に対し入社一ケ月後以降従業員の現居住地最寄の乗車駅から債務者までの軌道乗車区間の乗車券を支給することになつており、各人購入の場合には三ケ月定期乗車券代金の三分の一相当額を毎月現金を以て当該従業員に支給しているものであるが、居住地を右大阪市城東区西鴨野町三の百十とすれば右各人購入の場合その最寄駅である城東線京橋駅から東海道線立花駅間の交通費として一ケ月金六百四十円の支給を受くべきであるにもかかわらず前記同市生野区南生野町二丁目五十五番地と届出た侭転居後も引続きその最寄の駅である城東線寺田町駅から東海道線立花駅間の交通費として一ケ月金七百五十円の支給を受け一ケ月金百十円の割合による金員を過分に支給を受けていたこと並びに前科を秘匿して雇傭されていたものであることを確信するに至つたものであることを認めることができ、証人田島学の証言中叙上認定に反する部分は措信し難く、その他以上認定を覆すにたる疎明は存在しない。
(三) 次に、証人田島学の証言、同証言によつて真正に成立したと認める疎乙第一、三号証、証人舛田繁一(第一回)の証言によつて真正に成立したと認める疎乙第二号証によると、債務者には本従業員登用基準内規があり不定期採用者中熟練工として採用された者は一年間の見習期間を経過せる者について勤務評定の結果に基き本従業員(準社員)に採用すること、その採用は毎年一月、五月及び九月に各行うこととなつており、かつ、本従業員に採用しない場合には原則として解雇する方針であること、及び、従業員の勤務評定は現場の係長、課長、工場長の三者構成で年二回行うことになつており、その結果は各課長が所属従業員各自につき予め総務課から交付を受けた各手帳に記入して保管し総務課からの要請に基き、或は毎年定期採用時に総務課に提出し、これら評定の結果に基いて社長が最終決定をすることになつていること、並びに、債権者は昭和三十三年五月右内規によつて本従業員採用資格者となるので総務課より同年四月頃右採用の可否について工場長及び訴外舛田課長に債権者の技倆の程度、勤務成績を問い合わせたところ、同年四月二十七日右訴外舛田課長より前記(一)の如き実情と共に車輛工場直接工として採用目的に副わしめることは困難であり技倆の向上も期待できない旨、工場長からは車輛工場直接工としては適性がないと判断し企業の為にも本人のためにも転職する方が有利と考える旨の各報告並びに意見書が提出されたことを認めることができ、その他以上認定を覆すにたる疎明は存在しない。
(四) 以上認定事実及び成立に争のない疎甲第三号証、疎乙第二十六号証、証人田島学の証言を綜合すれば、債務者は、債権者に存する以上の事実は臨時従業員就業規則第十一条に、勤務成績不良にして技術向上の見込のないものと判断せらるべきものである点は試傭見習期間を経て本採用された社員としての身分を持つ者に対して適用される従業員就業規則(以下本従業員就業規則と称する)第四十二条第二乃至四号に、住所を詐称して通勤費を不正に受給したことは本従業員就業規則第三十七条誓約書の条項等に、前科を秘匿して前歴を詐称したことは第三十七条第六号、第七十九条第六、十一項に各該当又は違反し、債務者としては引続き雇傭関係を継続することは不適当と判断するに至つたので、債権者を通常(予告)解雇することとし、昭和三十三年五月五日訴外田島総務課長は債権者に対し解雇の意思表示に併せて解雇の理由として勤務成績不良にして技術向上の見込のないこと及び住所を詐称して通勤費を不正に受給したことを告げ、なお事情として前科の存在事実を告げたことを認めることができ、債権者本人の供述中叙上認定に反する部分は措信し難く、その他以上認定を覆すにたる疎明は存在しない。
三、そこで右解雇を無効とする債権者の各主張につき順次判断する。
(一) 債権者は右解雇は不当労働行為であると主張するので、その主張する個々の事実について調べてみるに、
(1) 債務者に入社前における債権者の組合活動については、債権者の主張事実を認めるにたりる充分の疎明は存在しないので、これを認めることはできない。
(2) 次に、債権者の主張する債務者会社内における組合活動について按ずるに、証人梶谷国治、同鈴木実の各証言、債権者本人の供述(以上各証言供述中後記措信しない部分を除く)証人舛田繁一(第一回)、同竹田岩夫の各証言を綜合すると、
(イ) 債権者は昭和三十二年五月一日のメーデーに際しては一般に人の嫌がる赤旗を自ら進んで持つて行進の先頭に立つたこと、
(ロ) 同年五月二十二日は債務者の設立十周年記念日にあたり、同日の午後は祝賀会、慰安会のため有給休業となり右行事に参加すれば出勤扱として取扱われることになつていたものであるが、債権者の所属するシヤーの掛においては、同月二十日から二十六日までの夜勤者は、(A)同月二十一日夜勤を行い翌二十二日朝帰宅休養の後同日午後の行事に出席するか、(B)同月二十一日の夜勤を取止め同月二十二日から二十四日まで昼勤を行い且同月二十四日には引続いて夜勤を行うか、(C)同月二十一日夜勤を行い引続いて二十二日の昼勤を勤めることとし二十三日からは従前通り夜勤に従事することとするか、そのいずれかの方法によるべきこととなるので、そのいずれによるべきかについて訴外舛田課長より関係従業員に意見を徴したところ、同月二十一日朝債権者が他のシヤー工と共に右(C)の方法によるべき旨を要求し、そのとおり日程の変更がなされたこと、(同日日程の変更されたことは当事者間に争がない)
(ハ) 同年七乃至九月頃債権者は大阪文学学校に通学し、(同校に通学していたことは当事者間に争がない)月に二、三回五乃至十名の社外工等の人達と経済学労働問題等の研究を行つていたこと、ナニワ工機労働組合の組合事務所に出入りしたことのあること、
(ニ) 昭和三十二年末頃債務者会社内において就業していた社外工訴外鈴木実等が解雇され、その解雇の撤回を求めるため、同訴外人等において、昭和三十三年一月二十日頃総評の指導のもとに尼崎合同労働組合ナニワ工機支部(分会)が結成されるに至つたが、右結成に先立ち債権者は右訴外鈴木実と同訴外人の下宿で右組合結成について話合をなし、同訴外人と債務者会社内において就業する社外工との間に立つて連絡をとる等裏面においてこれを援助したこと、
を認めることができる。しかしながら、債権者の主張する爾余の事実に関する証人梶谷国治、同鈴木実の各証言、債権者本人の供述及び同供述によつて真正に成立したと認める疎甲第七号証は、当事者間において争のない、債務者に昭和二十五年四月に結成された車輛産業労働組合に加盟する労働組合があり、同組合には協定に基く非組合員を除く本従業員三百五十七名が加入しているが、臨時従業員には加入の資格がなく加入していない事実、並びに、成立に争のない疎乙第二十一、二十四号証、証人久永雄三、同川端喜一、同梶原清一、同舛田繁一(第一回)同表谷秀太郎、同田中秋正、同田島学の各証言、証人梶原清一の証言によつて真正に成立したと認める疎乙第四号証、証人川端喜一の証言により真正に成立したと認める疎乙第五号、証人不破喜代一の証言により真正に成立したと認める疎乙第六号証、証人田中秋正の証言により真正に成立したと認める疎乙第十九号証、証人表谷秀太郎の証言により真正に成立したと認める疎乙第二十号証、に照らして措信し難く、却つてこれら疎明によれば、右作業日程の変更も債権者が独り進んで要求し、申出たることによつて変更されるに至つたものではないこと、及び、債務者において従業している社外工約二百名の内約三十名が右尼崎合同労働組合に加入しナニワ工機支部を設けていることは当事者間に争のないところであるにもかかわらず、債権者は同組合支部に組合員として加入していないこと、並びに、その他債権者は特に組合活動をしていたものと認められないことを各窺うことができ、その他債権者の右主張を認めるにたりる疎明は存在しない。
(3) なお、債権者は本件解雇が不当労働行為であることを推認せしめる諸事実として債務者が過去において組合活動家を解雇又は配置転換をしている旨主張するので按ずるに、債権者が、訴外稲毛書記長(債権者主張三、(一)、(6)、(イ))、同柴田練一(同(ニ))、同梶谷国治(同(ニ))を各雇傭していたこと、訴外沢井嘉治、同瀬川忠雄(各同(ロ))を配置転換したこと、訴外信田政輔(同(ホ))を臨時工として五ケ月余雇傭していたが解雇したこと、訴外丸島(同(ハ))、同三津本(同(ホ))、同鈴木(同(ホ))と称するものが債務者会社内で働いていたことはいずれも債務者においてこれを認めて争がない。
然して訴外稲毛書記長の配置転換解雇(同(イ))、訴外沢井嘉治、同瀬川忠雄の配置転換(同(ロ))の各事実については、証人梶谷国治、同岡良和の証言及び証人梶谷国治の証言によつて真正に成立したと認める疎甲第二号証はいずれも遽に措信し難く却つて証人不破喜代一、同川端喜一、同田島学の各証言によると、訴外稲毛書記長は米屋を営んでいた同訴外人の伯父(又は叔父)が死亡したためその後を継いで営業をなす目的で自発的に退職したものであること、訴外沢井嘉治は熔接工であつたが足が悪く台枠上での作業は危険であり、かつ、同訴外人は中学校四年の過程を修業していた関係上事務を伴う倉庫係を適当として配置転換したが、執行委員に当選し、その後任意退職したものであること、訴外瀬川忠雄は窓枠工場増員に際し仕上げ職場から窓枠工場に配置転換されたが、同所は仕事が綺麗で力仕事を伴うことも少いので同工場への希望者は多いこと、及び同訴外人も執行委員に当選しこれを勤めていることを各窺うことができ、その他右債権者の主張する事実を認めるにたりる疎明はない。
訴外丸島の解雇(同(ハ))の点について、証人鈴木実の証言は措信し難く、その他債権者の主張を認めるにたりる疎明はなく却つて証人梶谷国治の証言によつて真正に成立したと認める疎甲第二号証によると同訴外人は社外工で債務者が雇傭していたものでないことが認められる。
訴外柴田練一の解雇、訴外梶谷国治の配置転換(各同(ニ))、訴外信田政輔、同三津本、同鈴木実の各解雇(各同(ホ))の点については、証人不破喜代一、同川端喜一、同田島学の各証言、証人梶谷国治、同岡良和、同鈴木実の各一部証言を綜合すると訴外柴田練一は組合の代議員を務めていたが、胃潰瘍のため永らく欠勤し健康上勤務に耐えられないという理由で退職し、訴外梶谷国治は昭和三十一年七月鉄工部品課から窓枠課に配置換を受けたことに対し右は組合活動の故をもつてなされたものと同訴外人から異議の申出があり、債務者において苦情処理委員会が開催され審理の結果同委員会で右異議が認められなかつたためその侭になつたこと及び更に昭和三十三年七月十日再び右鉄工部品課に配置転換になつているものであること、訴外信田政輔は鉄工部品課員が和歌山市において慰安会を行つた際訴外岡野某を瓶で殴打し治療二週間を要する傷害を与え上司の注意に対しても不遜の態度を示したため、昭和三十三年十月解雇したものであること、訴外三津本が社外工であることは債権者自ら認めるところであり、同訴外人は債務者の下請業者である訴外森本組に、訴外鈴木実は同じく訴外長谷川車輛株式会社に雇傭されている社外工で、各訴外会社がそれぞれ右各訴外人を解雇したものであることを各認めることができ、証人鈴木実、同岡良和、同梶谷国治の各証言及び証人梶谷国治の証言によつて真正に成立したと認められる疎甲第二号証中叙上認定に反する部分は遽に措信し難く、その他以上認定を覆して債権者の主張事実を認めるにたる疎明は存在しない。
そして右認定の事実によれば以上の者等の退職若くはこれらの者に対する配置転換が債務者による不当な不利益待遇としてなされたものとは到底認めることができない。
(4) 債務者は、同会社内における債権者の組合活動を知り、債権者の組合活動歴等を調査探知した結果、これら理由によつて債権者を解雇することを企図し、本件解雇に及んだものであると主張するので按ずるに、弁論の全趣旨により真正に成立したと認めて差支えない疎甲第六号証によると、債務者は昭和三十三年三月頃債権者を雇傭するに際し債権者の従前の勤務先である訴外花園商事株式会社に債権者の従順、真面目さ、思想傾向、組合活動等について問合せをなし調査したことはこれを窺うことができるが、証人梶谷国治の証言によつて真正に成立したと認める疎甲第二号証中債権者の主張にそう部分は措信し難く、本件解雇前債務者が債権者の前記(2)の事実中(イ)の事実、(ハ)の事実中大阪文学学校通学以外の事実及び(ニ)の事実を知悉していたと認めるにたりる疎明はなく、むしろ、前記二において認定の如く債務者が債権者の住所、前科等を調査し更に債権者を解雇するに至つたのは、昭和三十三年三月債務者が債権者の負傷見舞のため守衛をしてその届出住所を訪問せしめた際その住所、前科の存否につき疑を抱いたことに端を発して訴外帝国秘密探偵社に依頼してこれら事実の調査をなし、その結果住所は届出住所と異つており、その届出の義務を怠り、かつ、前科が存在するものと判断し、これらの事実によると債権者には通勤費不正受給並びに前科秘匿による前歴詐称の事実あるものと認めたこと、及び、債権者は偶々同年五月臨時工から本従業員への採用有資格者となるのでその採用の可否について債権者の就業成績を調査したところ、勤務成績不良の報告を受けたこと、そしてこれらの事情を綜合して債権者を解雇するのを相当と認めて解雇したものと認めるのが相当であつて叙上認定を覆して債権者の主張事実を認めるにたる疎明は存在しない。
(5) 従つて、債務者は債権者の組合活動に特に関心を持ち、債権者の組合活動を理由として本件解雇をなしたものとは到底認め難いから、不当労働行為に関する債権者の主張はこれを採用することができない。
(二) 債権者は、右解雇は債権者の信条を理由とするもので、憲法第十四条、労働基準法第三条に違反し無効であると主張する。
しかして、債務者が従業員を雇傭するに際し債権者主張の如き誓約書を徴していることは当事者間に争がない。しかしながら、債権者が主張の如くレツドパージによつて解雇され又所謂枚方事件に関係していることを債務者が本件解雇前探知知悉していたことを認めるにたりる疎明は何等存在せず、成立に争のない疎乙第二十三号証、証人田島学、同梶原清一の各証言によれば、右誓約書の様式は昭和二十八年頃火焔瓶等を使用した破壊活動が世上相ついで起つたため、かかる行為をなすものは共産主義者であるという考えのもとに、右活動を予め防止する目的で従業員の採用に際し「現在共産主義者で(ありません、あります)」「今後御社に在職中は共産主義活動は(致します、致しません)」の条項を含み、その括弧内のいずれか一方を抹消しうるような右誓約書を印刷使用していたが、右は必ずしもそのいずれかの抹消を強制されていたものではなく、現に債権者はこれを抹消しないで提出しており、又右部分はその後改正されていること、並びに、債務者は共産主義思想を有するもの乃至共産主義者であつたもの五、六名を現に従業員として雇傭していることを窺うことができると共に、本件解雇は前記二、において認定した理由に基くもので、債権者が共産主義者であることを理由になしたものとは認められないから、この点の主張は理由がない。
(三) 債権者は、債務者の就業規則は労働基準法第百六条所定の周知方法を欠いているので無効であり、同就業規則に則つてなした本件解雇は効力がないと主張する。
しかしながら、この点に関する証人岡良和、同梶谷国治の各証言、債権者本人の供述、証人岡良和の証言によつて真正に成立したと認める疎甲第一号証は遽に措信し難く、証人田島学の証言によれば債務者は昭和三十二年頃以降においても作業場の現場事務所の中心にある製造課を始めナニワ工機労働組合事務所等に就業規則を、休憩所、更衣室等にはその一部抜萃を各備え付け、(同組合事務所に就業規則の存在していたことは債権者自ら認めるところである)更に従業員を雇傭するに際しては同人に対し就業規則の抜萃を漏れなく一括書類として交付していたことが認められるので、これらの事実によれば、債務者はその周知方法を欠いていたものとは認められないから、右主張に関しては爾余の争点につき判断するまでもなくこれを採用することができない。
(四) 債権者は、本件解雇は信義則に反し無効であると主張する。
証人竹田岩夫、債権者本人訊問の結果によれば、債権者の債務者における採用時の身体検査の結果が要注意であつたこと、及び解雇当時健康を害していた事情はこれを窺うことができるけれども、証人田島学の証言によれば、債務者において毎年一回五、六月頃に定期健康診断を実施しているが、同年中健康診断実施までに採用した者に対しては採用時に健康診断を実施する関係上同年度の健康診断はこれを行わないことになつており、従つて、昭和三十二年三月四日に雇傭し昭和三十三年五月五日に解雇の意思表示をなした債権者に対しては結局定期健康診断を実施する機会のなかつたことを認めることができ、本件解雇当時債権者が主張の如き病状であつたことを始めその他本件解雇が信義則に反するものであることを認めるにたる疎明は存在しないからこの点に関する債権者の主張も認めることができない。
(五) 次に、本件解雇は解雇権の濫用であるとの債権者の主張につき判断する。
(1) 債権者は優れた技能の持主で技能向上の見込がないということはありえず、又住所を詐称して通勤費を不正受給したことはないと主張する。
(イ) 前者については、前記二、(一)において認定した如く、債権者の右主張はこれを認めることができない。
(ロ) 後者について、債権者が入社に際しその住所を大阪市生野区南生野町二丁目五十五番地と届出たことは前記の如く当事者間に争がなく、かつ、前記認定の如く雇傭されて所定期間経過以後右届出の住所地の最寄駅である城東線寺田町駅から東海道線立花駅までの交通費として一ケ月金七百五十円の支給を受けていたものであるところ、証人田島学の証言によれば、右交通費支給に関し所謂居住地というのは必ずしも生活の本拠地を指すものではなく、従業員が日常現実に起居していると認められる場所であつて債務者に最も近いところとの趣旨であり、成立に争のない疎乙第十一号証、証人山田律男、同田島学、同柳田勝一の各証言、債権者本人の供述(但し、証人柳田勝一の証言、債権者本人の供述中後記措信しない部分を除く)証人田島学の証言により真正に成立したと認める疎乙第十七、十八号証を綜合すると、債権者は少くとも昭和三十二年八月十六日頃から同年十月頃までの間大阪市城東区西鴨野町三の百十(又は三丁目百四十六番地)柳田勝一方において引続き起居していたこと及び同所からの最寄駅は城東線京橋駅となり、かつ、右南生野町よりも債務者所在地に近いので、交通費支給上は同所を基準とした一ケ月金六百四十円の支給を受くべきであるにもかかわらず右届出をなさず、その間毎月金七百五十円の支給を受けていたことを認めて差支えなく、証人柳田勝一の証言、債権者本人の供述、並びに、同供述によつて成立の真正を認めて差支えない疎甲第九号証の内叙上認定に反する部分は措信し難く、仮に、債権者が毎日朝食、夕食等の目的で前記届出の場所まで足を運び、そのため現実に右寺田町までの乗車券を購入していたとしても、そのことは債権者の住居に関する右認定に反するものではなく、成立に争のない疎甲第四、五号証も亦前記認定を妨げるものではない。
(2) 次に、住居詐称通勤費不正受給の事実につき就業規則適用の不当を主張するので按ずるに、一般に使用者は労働基準法、労働組合法、労働協約等による制限ある場合を除いて労働者に対する解雇権を自由に行使しうるものというべく、又企業運営の担当者である使用者は当該事業目的達成のため企業体内部においてその有する労働力を位置づけ労働力を組織づけ、かつ、これら労働力を秩序ある生産過程に従つて運行せしめることを要し職場秩序の維持されることを不可欠の要件とするものであるから、労働者の行為が企業の経営秩序を乱しその完全な運行を阻害するものである場合、就業規則の定めるところに従つて当該労働者に対し懲戒権を行使することは許容されるところであるが、その行使すると否とは特段の事由のない限り専ら経営者の専権に属するものというべきである。従つて、成立に争のない疎乙第二十六号証に照し、前記住所詐称通勤費不正受給事実が本従業員就業規則第七十八条第一号、同第七十九条第六号(同条項が債権者主張の如く規定されていることは当事者間に争がない)の懲戒に付すべき場合に該当するとしても、債務者がこれら各条項に基いて債権者に不利益を伴う懲戒権を行使しなかつたことはその懲戒の方法の如何にかかわらず何等不当のものとはいえないと共に、就業規則の適用につき臨時従業員に対すると本従業員に対すると厳格性において特に差異を認めるべき理由は認められないけれども、同就業規則第三十七条及び誓約書の趣旨に照らし右事実が同就業規則第四十二条第七号に該当するものと認めることに不当の点は認められないから、この点に関する債権者の主張は認められない。
(3) (イ) 債権者は、債務者が答弁書において前科秘匿の事実を解雇事由の事情として述べた旨先行自白をなし、債権者においてこれを認めたので債務者は右主張を撤回して右事実を解雇理由として主張することはできない旨主張するが、本件記録によれば、債務者は裁判上において当初から右前科秘匿の事実を解雇理由として主張しているものであることは明白であるから、右主張はこれを認めることができない。
(ロ) 次に、債権者は、債務者においては前科秘匿の事実を以て債権者を企業外に排除しなければならない理由とは考えていなかつたにもかかわらず、これを主たる解雇理由として解雇することは不当であると主張する。なるほど証人田島学の証言によれば、債務者は債権者の前科秘匿の事実のみを捉えこれを以て債権者を解雇する決定的理由としたものではないことが認められるけれどもさりとてこの前科秘匿の事実を他の前示諸事実と綜合斟酌して解雇に決することを不当と解すべき理由はないから、右主張もこれを認めることができない。
(ハ) 債権者は、前科秘匿の事実は就業規則第七十九条第十一号の懲戒処分に付すべき場合に該当するから、かかる場合本人の利益のためと称して通常解雇はできないものというべく、右懲戒事由に該当する事実を理由として解雇するためには懲戒処分に付する場合と同様の規定に該当し、かつ、その手続を経なければならないと主張する。本従業員就業規則第七十九条第十一号が債権者主張の如く規定されていることは当事者間に争がなく、成立に争のない疎乙第二十六号証によれば、同就業規則第八十条において懲戒処分に処するためには賞罰審査委員会の議を経るを要することが認められるけれども、右が懲戒処分に付すべき場合に該当するとしても、前記の如く債務者において右事実につきこれを懲戒処分に処すると否とは債務者の任意であり、通常解雇をなすことも亦当然許容されるものというべく、通常解雇をする場合特に懲戒処分をなすと同様の実体上の要件を充足し手続上賞罰審査委員会の議を経なければならないという制限の存在も認められず、又本件が懲戒を目的として通常解雇に及んだものとも認められないから、この点に関する債権者の主張も亦認められない。
(ニ) 債権者は、本件前科秘匿の事実は債権者の給付する労働力の価値に消長を及ぼすべき性質のものではない趣旨の主張をする。債権者は昭和二十七年頃建造物侵入傷害罪により懲役六月に処せられた外占領目的阻害行為により裁判を受けたことは債権者自らこれを認めるところである。併し、後者につき免訴の裁判を受けたことはこれを認めるにたる疎明は存在しない。ところで、一般に近代的企業においては当該企業が一の秩序を前提とする組織体をなしている以上労働力もその企業内における業務の構成、配置、管理等一定の経営秩序に組織づけられることを要し、かつ、労働関係は労使双方の信頼と誠意に基いて成立し維持せられるものであつて使用者が労働者を雇傭するに際しては労働者の学識、経験、技能、性格、健康、前歴等その全人格的判断をなし、これに基いて採否を決定し採用後における職種その他労働条件の決定をもするものであるから、使用者としては労働者の経歴を知悉することはその配置の適正等労務管理上並びに企業全般の維持、運営のためにも不可欠のものというべく、しかも真実の経歴の把握は労働者の信義ある態度に俟つところ大なるものであるから、労働者として企業組織体内に入り労使相互の信頼関係を形成維持して行くためには使用者側が重視したと否とにかかわらず前歴事項は右信義に反しない公正な方法によつてありのままに告知されるべきことが要請されているものといわなければならない。従つて、提出する履歴書に虚偽の記載をなすことはその者の不信義性を示すものであると共に使用者をして労働力の価値判断を誤らしめて企業秩序にも影響を及ぼす虞あるものというべく、従つて、債権者の右主張も亦これを認めることができない。
従つて、以上の各事実又はこれら事実を綜合するも本件解雇をもつて解雇権の濫用とは認められないから、右主張も採用するに由ない。
四、よつて、債権者の本件解雇が無効であるとの主張はすべて理由がなく、右解雇は有効であるから、その無効を前提とする本件仮処分申請は爾余の争点につき判断するまでもなく失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 日野達蔵 菅浩行 高橋史朗)